銀行にとって法人が個人事業主より融資しやすいというのは本当でしょうか。
元銀行員の著者から言えばケースバイケースと思います。必ずしもこの原則が全ての事業者に当てはまるわけではありません。ただし全般的には法人が個人事業主より融資が受けやすく、金利や融資金額、その他の融資条件で有利となる面はあります。以下ではその詳細に触れつつ、個人事業主の飲食店オーナーは直ぐには法人成りする必要もないが、いずれは法人化を目指して欲しい理由を解説します。
個人事業主が法人成りしない理由
中小企業庁の統計によれば、日本の中小企業数(会社数+個人事業者数)は約432万社、全企業数における割合は99.7%、うち個人事業主数は約282万先です。いかに多くの個人事業主が事業に携わっているか分かります。
しかし法人が金融機関から融資を受けるのに有利だと仮定すると、なぜこれだけ多くの個人事業主が未だ法人成りしないのでしょうか?
ひとつの理由は税率にあります。個人事業主が法人成りを考えるようになる分岐点はその事業での利益が800万円~900万円に達した頃と言われています。その利益水準から所得税の税率が個人事業主から法人に有利に働くようになるからです。したがってその水準に達しない個人事業主が多い実態を考えると、仮に法人にしても税理士に毎月払う顧問料だけ考えてもかなり高くなるので法人にする魅力がないと言えます。
また別の理由としては、法人成りの手続きが面倒臭い、最低でも30万円前後と言われている法人の設立費用が高い、法人にすればそれまで青色申告で損益決算書だけで良かった書類がさらに貸借対照表まで作成しなければならなくなるので法人化しない、などがあります。
これらの複数の理由により、個人事業主が法人化するのをためらっていると考えます。
法人のほうが個人事業主より融資は有利か、銀行の審査の面から見ると
ここで少し視点を変えて銀行員の目から見た法人と個人事業主の融資の審査について考えてみます。
法人から融資申込みを受けると銀行は法人に貸借対照表・損益計算書のセット、つまり決算書の提出を2~3期分求めます。そしてその決算書を多面的に、主には法人としての安定性・収益性を念頭に置いて詳しく分析します。その結果、自ずとこの法人に融資をしてもきちんと返済してくれるかどうかの結論も出てきます。
一方個人事業主の融資申込みには確定申告書が必要ですが、様式も簡易で分析も収益性が中心になります。要は融資の返済がどれくらいの期間で返済可能かを判断する審査です。貸借対照表・損益計算書が整った決算書はその法人の姿を的確に現しているので、融資の判断が損益計算書だけのものより容易になります。
さらに法人の規模が大きくなればなるほど、融資額も大きくなる傾向があり、銀行としても決算書の定量分析により重点を置くようになるので、このような場合、個人事業主は大きな融資額を申し込んでも審査で不利になります。
法人成りをめぐる著者の行員時代の体験
しかしこの事業規模が法人と言っても個人事業主と変わらないレベルの売上や利益しかない法人であった場合、同じ原理が働くでしょうか?
著者は元地方銀行の行員として長らく融資の最前線に立ってきました。
地方銀行というのは融資に関しては小さな営業規模の個人事業主から従業員が1,000人を超える規模の企業まで取引があります。その中にはつい最近まで個人事業主として事業を営んできて、法人になったばかりのタイミングで融資を申し込んでくる先もあり、著者もそのようなケースには何度となく対応しました。
ではこの場合、その融資は個人事業主あるいは法人、どちらで対応するのかという問題が生じますが、答えとしては、既に法人成りした先なので銀行は法人として融資には応じます。しかし次の問題は審査の基礎資料を何に求めるかです。法人として決算がまだ1期も経過していない場合、当然決算書ができていません。一方個人事業主としては長期に営業しているので確定申告書があります。そのため審査の資料にはこの確定申告書を主に使うことになります。
確定申告書には個人事業主の損益計算書が付いているので、それを参考に行員が法人の損益計算書を将来の一定期間に渡り予想で作成します。一方、貸借対照表については個人事業主への直接聞き取りや側面からの資産調査で同じように行員が推定して自作します。そして作成された資料は最終的に行内用の審査資料として使われます。
これらのプロセスから分かるように、法人への融資ですが、実態は個人事業主に融資を行うため審査をするのと変わりありません。
地銀や信用金庫では昔からこのような対応が一般的であり、法人で融資が有利とか、個人事業主だから不利であるとかの話に関係なく状況に応じて臨機応変に対応して融資の申込みを受ければ平等に審査してきました。
ただこのような特殊な場合は別として、私個人も法人の審査のほうが個人事業主を審査するより資料が充実していた分、融資がやり易かったのは事実です。
資金繰りの面からも法人にしておくほうがベター
さらに視点を変えて資金繰り面からも法人にしておいた方が有利という点に触れます。
例えばA社は現金・預金が200万円、融資額が2,000万円、B社は現金・預金が1,000万円、融資額が2,800万円とします。いずれも預貸金の残高差は1,800万円ありますがどちらが銀行から見ると事業先として安定しているでしょうか?
一見借入残高が多いB社のほうが不安定なように見えます。
しかしA社・B社の月商が300万円とすればA社は運転資金が200万円しかないので1ケ月以内に支払い等で運転資金がほぼ底を尽きます。一方、B社は月商の約3ケ月分相当の現金預金を持っているので、たとえ将来売上げが減って資金繰りが厳しくなる予想でもその間に立直しのための対策が取れます。見かけの融資額の大きさより、資金繰りの大切が分かる事例です。
法人にしておくと、資金繰り表や貸借対照表を使って資金繰りの変化もよく分かるし、融資が必要な場合それを使って銀行にも説明しやすくなります。資金繰りの重要性からもやはり法人のほうが個人事業主より融資を受けやすいというのはメリットとなるでしょう。
まとめ
最期に、これまで説明してきた点からも個人事業主にはもし法人にできる環境が整っているのなら、たとえ手続きが面倒で多少の費用が掛かっても法人化を目指してほしいと著者は考えています。
もちろんそのためには、これから事業を拡大するためにより大きな融資を受ける必要があるか、売上高や利益が法人化を必要とする水準に達しているかなどの諸点を十分税理士など専門家と相談のうえ法人化のタイミングを判断する必要があります。
個人事業主には納得できるタイミングがやってきたら躊躇なく法人化を目指してほしいと思います。