記者)インタビュー前半では馬塲さんのお仕事内容や、その中で重要となる「労使紛争の防止」、「トラブルの解決」、そして「労働環境の整理」という三つの柱についてお話をお伺いしました。仕事のボリュームとしては労使関係が多いと思われますが、特に労働紛争が生じやすい業界というのはありますか。
馬塲氏)あくまで傾向としてですが、サービス業、飲食業は多いですね。あとは不動産、病院あたり。IT系は少ないですね。
店舗展開をされるような業種では、店舗ごとに管理監督者のような立場の人がいないと、なかなか人員の管理って難しいんですよね。しかし成長スピードが速い業種だと、管理者の供給が追いついていかないのです。労務に不安を持った状態で展開せざるを得ないので、問題は起きやすくなりますね。
記者)労働問題が起きやすい会社のフェーズという意味ではいかがでしょうか。
馬塲氏)店舗の増加に伴って役職者の労働時間が急激に増えたタイミングは、労働者に負荷がかかり問題が起きやすいと感じています。人手が足りず、役職者のイライラが募り、従業員への要求水準が上がった段階は要注意です。同じ成長している企業でも、ゆっくりと成長されている会社はそういったトラブルは起きにくい傾向はあります。
記者)規模感というよりは、拡大スピードが影響することが多いのですね。それでは、発生する問題の種類としてはどのようなものが多いのでしょうか。
馬塲氏)先ほども触れました残業代、あとはセクハラ、パワハラです。この3つで9割を占めますね。役職が下がったとか、給与が減らされたとか、評価に不満があるとかもありますが、割合としてはそう多くありません。
記者)そういった問題はどの段階で顕在化するのでしょうか。
馬塲氏)セクハラ、パワハラ、未払残業代は退職する場面が問題化することが多いですね。労働者が完全に会社から解放された状態で過去の不満を主張するという形で顕在化します。人事評価への不満のように会社に残ったまま揉めるケースであれば、会社との話し合いで調整される余地もありますが、退職前提のケースでは紛争化する傾向が強いものといえます。
記者)昨今では新型コロナウイルスの影響で労働者の働き方にも変化が起きていますが、コロナ禍に特有の労働問題というのはありますか。
馬塲氏)コロナ禍では企業の事業活動が大幅に制限されたり、消費者の自粛によって消費活動が縮小したことにより、急激な業績悪化に見舞われた企業が多く、解雇問題がかなり増えました。
例えば、有期雇用契約の労働者の場合、契約終了の場面において労働者から「契約更新が前提だった」等と主張され、会社としてはきちんと書面を残していなかったために契約を終わらせることができない、ということもありましたね。
あとは、飲食店では、アルバイトさんが新型コロナウイルスの影響による時短営業や休業などによってシフトを勝手に削られたとしてトラブルが生じるケースも多いです。「本当はこれだけシフトに入るはずだったのに、少ししか入れてもらえなかった。約束が違うので休業手当を出せ。」というような流れですね。
そもそも飲食店では、月あたりの労働時間数について明確に契約をしていないケースも多く、こういったトラブルが後を絶ちません。
記者)その部分は軽視してしまっている企業も多いですよね。ところで、雇用契約の内容については、当初の内容から変更が生じることも多いかと思うのですが、その場合は変更がある度に契約を締結しなおすものなのでしょうか。
馬塲氏)本来であれば、条件改定のたびに契約書を作成しなおして明確にしておかないとトラブルに繋がるリスクがあります。
契約条件が不明瞭なまま労働者の主張が認められて休業手当を出すことになり、さらに全従業員の過去のシフトもみんな見直さないといけなくなってしまうといったケースでは、企業の負担する金額は甚大なものとなってしまいます。きちんと雇用契約において労働時間数を明確に定めて、労働者に通知し、その内容を保管しておくことは企業における人事労務上、本当に大切なことです。
記者)正社員に関して、コロナ禍で問題になった事例はありますか?
馬塲氏)正社員関係では、感染をおそれての出勤拒否という問題がありました。使用者企業には、職場環境について安全配慮義務もあるので、会社として労働者の環境整備にベストを尽くして、法令遵守の姿勢を明確に示していかなければなりません。ここでもやはり会社としての仕組みやルール作りの姿勢が重要になってきますね。会社としてやるべきことをきちんとやっておけば、たとえ労働基準監督署からの調査や指導を受けたとしても会社の主張についての説得力が段違いです。このような有事の時には尚更差が出ることになりますね。
記者)そうした問題に対して、小規模企業ではどのような対策ができるでしょうか。常に馬塲さんに顧問をお願いするのは難しいというような規模の企業もあるかと思いますが。
馬塲氏)まずは入社・在職・退職までを網羅した企業に合った就業規則を整備することが重要です。これができていれば、将来起こり得るトラブルを回避でき、有事の時も経営陣が問題を適切に把握した上で会社の姿勢について自信をもって回答できる状態にしておくことができます。また、こうした問題は会社の規模に関わらず起きるものであることをしっかりと認識していただいた上で、日頃から仕組みやルール作りに注力した経営を行うことが肝要であるかと思います。
私の方でも、就業規則策定の相談や、他社事例を踏まえたアドバイスなど、単発的な相談対応は行っています。常に伴走していなくても、一緒に就業規則を作ることで、将来のリスクヘッジのお手伝いができると考えています。
記者)顧問契約や単発案件の対応以外に、社外監査役や社外役員、社外取締役として複数の企業と関わりがあるとお聞きしましたが、どういった観点から会社役員を務めてらっしゃるのでしょうか。
馬塲氏)現在、私は、「ダンダダン酒場」の運営会社である株式会社NATTY SWANKYの監査役をはじめ、その他の成長企業の社外取締役や社外監査役を務めています。飲食店事業を行う企業では、特に労働環境が悪いと思われがちです。そのような企業では、毎月の取締役会にて経営や業績についてだけでなく、社内労務についても話合いが行われているかどうかという点は、企業の在り方として重要な意味を持ちます。特に社外からの助言を必要とする企業の声が多く、そういった経緯でお話をいただいたのがキッカケで、会社役員の立場から現場労務を見させていただいています。
記者)士業としての活動だけではなく、多角的な立場から労働問題に取り組んでいらっしゃるということですね。馬塲さんは、社労士や会社役員としての立場で企業サポートを行う一方で、労働者側へのサポートとして、労働組合の活動にも関与されていると聞きました。この労働組合はどのような団体なのでしょうか。
馬塲氏)そうですね。これまでにも述べてきたように、企業利益と労働者利益は本来的には相対立するものではないはずですが、個々のトラブルの場面においてはどうしても対立構造になってしまいがちです。そんな中、より多角的な企業発展と労働者利益向上への貢献の方法を求めてきた結果、士業や会社役員として企業サポートを行う一方で、労働者側のサポートの形として辿り着いたという経緯ですかね。もともとは、海外での活動において全世界に通じる労働者団体の創設に携わったことが始まりで、日本では合同労働組合という形態のユニオンに関与しています。
私が関与しているユニオンでは、まずもって組合費が完全無料とされていることが大きな特徴として挙げられます。日本における従来型の労働組合では組合費の徴収が常識であり、相互扶助団体として経済的にも労力的にも組合員個々人の負担が重いものでした。
それゆえ、労働者からは半強制的な組合の費用負担や活動協力をきらわれることとなり、ユニオンショップ協定が締結された社内労働組合があるような規模の大きな企業以外では、労働組合への継続的な所属が定着せず、その結果、日本は先進国でありながら、世界的に見て労働者の労働組合加入率が驚くほどに低い状態が続いているのです。
日本の法令においても労働組合は一定の保護を与えられているにもかかわらず、費用や活動の負担を理由にこうした保護を受けられないというのは、労働者にとって大きな機会損失と考えています。そこで、私が関与するユニオンでは、組合費を無料にしたり、活動負担を可能な限り減らすことで、安心して永続的に所属していられる組織作りが目指されています。これこそ本当に憲法が求めているような労働組合の形なのではないかと考えています。
記者)組合費無料とはすごいですね!そのようなユニオンの活動に踏み出すには、相当な覚悟が必要だったのではないですか。
馬塲氏)組合員から徴収する組合費で運営を行う従来型ユニオンには必ずと言っていいほど専従者がいます。つまり、徴収される組合費は、専従者の生活費に充てられているわけです。その専従者の給料は、会社が顧問社労士や顧問弁護士に支払う顧問料の一般相場金額の何倍もの金額です。従来型ユニオンの組合員は、専従者の“食い扶持”となっているわけです。
また、組合員はそれぞれ普段は労働者として会社での社会生活を送りながら、こうした労働組合の集会に参加させられたり、ビラ配りやデモ活動に駆り出されたり、時には裁判の傍聴席を埋めて対立企業への圧力をかけるための頭数要員として連れ出されたりと、肉体的な負担も小さくありません。
何よりも問題なのは、こういった従来型の専従者の運営するユニオンでは、前半インタビューで述べたような「企業の健全な発展に基づく労働者利益の実現」といった視点が皆無であるということです。まともな社会経験もないような専従者の言いなりになって、企業への迷惑行為を繰り返すことで圧力をかけ、「労働者の利益向上」を大義名分として専従者の私腹を肥やすといった、いわば企業利益を貪る“タカリ屋”のような活動を行っている団体も少なくなく、「労働者貴族」といった言葉まである始末です。
私は、このような悪しき労働組合実態が未だに日本で実効的な労働者団結が実現できない主たる原因になっているものと感じています。そして、現状を根本的に打破するためには、組合費無料のユニオンが絶対的に必要だと感じたのがユニオン運営に関与することになったキッカケでもあります。いわば、そのときに感じた憤りが原動力ですかね(笑)。
記者)成る程、そのような経緯があったのですね。ところで、合同労働組合という社外ユニオンに加入するメリットはどのような点にあるのでしょうか。
馬塲氏)合同労働組合のメリットは色々とありますが、一般的な回答はここでは控えることにして、私自身の経験上感じている点をお話しします。
例えば、労働者の日常的な相談窓口として、一般的な関わり方としては会社に設置される内部通報制度が挙げられます。しかし、内部通報制度は、会社がお金を払って窓口を維持している関係上、どうしても窓口担当者は、労働者との関係で利益相反的になってしまい好ましくはないなと感じていました。労働者から見ても、会社の内部通報窓口等への相談は、監査部が設けられて独立的に機能している大規模企業でなければ、少なからず会社への不満を伝えることに躊躇するのではないかと思います。
その点、外部ユニオンへの相談であれば、労働者としても会社に気兼ねする必要がないし、ユニオンの担当者らは会社の人間ではないので気軽に相談できますよね。その点は、解りやすいメリットとして感じてもらえるのではないかなと思います。
記者)利益相反といえば、馬塲さんが企業サポートをお仕事にする傍ら、ユニオンの運営に関与すること自体も一種の利益相反活動ともいえるようにも思いますが、その点についてはどのように考えておられますか。
馬塲氏)少なくとも具体的な案件において使用者企業とそこで働く労働者の両方の味方をするという場面はありません。また、繰り返しにはなりますが、企業の健全な発展がなければ労働者利益の向上は実現できないという意味では、本来的に企業利益と労働者利益は相反するものではないわけですから、社会的な活動として企業サポートを行う傍らで、労働者サポートを行うことについては、1つの目的のための活動であると自分の中では考えています。
さらには、労働組合という組織も究極的には会社と対立し続ける団体ではないと思っているんですよね。合同労働組合が組合員数を集めて社会的に影響力のある団体になっていくことは、当然労働者にとってメリットがあるわけですが、一方で、脅威となる労働組合の存在があることで、顧問社労士や労務に強い会社役員を抱えるのとは違った形で図れる企業の健全化があると思ってます。あとは、企業としても、労働組合が労働者にとっての健全な相談窓口になってくれることで、労使トラブルがマスコミに歪められて報道されることによる風評被害が出るといった別の問題に発展するリスクを防げるという利点等もあるんですよね。
私の立場から見ても、顧問先じゃない労働者の現場の声を聞いて、問題のトレンドをキャッチしやすくなるという業務上のメリットもとても大きいと思っています。
企業側と労働者側、双方にとってより良い環境にするために、どちらのサポートも意味のある活動だと考えています。
記者)確かに馬塲さんとしては、労使双方の視点からこれまで以上に多角的な仕事の形が広がっていきそうですね。インタビュー全体を通して、企業の健全な発展こそが労働者利益の向上に不可欠であるという馬塲さんのお話がとても印象的でした。ユニオン活動を通じて今後目指していくのはどのようなものですか。
馬塲氏)私が関与するユニオンでは、現在、10万人程の労働者が組合員として所属してくれていますが、まずもってこのユニオンをもっともっと大きな組織にしていきたいですね。
法律上当然に認められるべき主張を行っているだけの労働者に対しても、企業側は、「ユニオンに入っている」というだけで偏見の目を持つ風潮がまだまだあります。日本でもそうした偏見をなくし、「うちの従業員が加入しているのがこのユニオンなら安心だ。」というように企業にも信頼してもらえるようなユニオンを創っていきたいと思います。社労士や会社役員として企業の健全発展を促すだけでなく、労働者側からも“企業のホワイト化”を目指しています。
また、ユニオンを運営していると、どんな仕事を探している人がいるのか、どこが人手不足かというような情報も入ってくるようになるんですね。そうした人々と仕事を結びつけられるような人材紹介や転職サービスを展開するのが、私が今考えている次の計画です。
記者)馬塲さんの今後より一層のご活躍を期待しています。今回は、長々とインタビューに応じていただき、ありがとうございました。
馬塲氏)こちらこそどうもありがとうございました。