株式会社ギフト 田川翔社長

株式会社ギフト 代表取締役社長 田川翔氏インタビュー(前編) 町田商店創業とプロデュース事業の始まり

2018年にマザーズに上場し、直営店130店舗・プロデュース店400店舗のラーメン店を保有する株式会社ギフト(町田商店)。元々ラーメンフリークだった田川社長は、1店舗から始めてどのように大きくしていったのか、今後どうしてゆくのか、お話しを伺いました。


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記者)初めに、田川社長が町田商店を作るまでの流れをお話しいただけますか。

田川社長)私は高校を卒業後、横浜の家系ラーメン店で6年間修業をしました。もともと、ラーメンフリークだったので、修行中も様々なタイプのラーメンを食べ歩いていました。

起業することを決めた時、どこで1号店をオープンするかを探しました。修行先であった横浜を避けて探していましたが、住宅街、オフィス街、繁華街の要素を揃えている町田駅付近をとても魅力的に感じ、町田に絞って物件を探しました。最終的に駅から徒歩5分ほどの不動産の跡地で物件契約をすることができました。スケルトンから店を作り、2008年1月に横浜家系ラーメン町田商店を創業したのが始まりです。

株式会社ギフト 田川翔社長

記者)創業した時はすぐに軌道に乗ったのでしょうか?

田川社長)創業当時、自分だけのオリジナルのスープで勝負したい!という思いから、元々の修行先での技術は使わず、自分だけのオリジナルの材料や技術でお店をオープンさせました。初めの頃は自信のあるラーメンを順調に提供出来ていたのですが、だんだんと味が安定しなくなってしまったのです。スープの出来が悪い日はお店を閉めるという方針でやっていたので、店を開けられない日が増えてきて売り上げが伸び悩み、資金が底をつきそうになりました。

このままではいけない、意地を張らずに修行時代の技術を使い基本に立ち返ろう。そう考え直した事で、安定して美味しいラーメンを作ることが出来るようになり、自然と経営状況も良くなりました。

ちょうどその頃、今でもお付き合いのある複数の会社さんから、ラーメン屋を開業したいと相談を受けていました。そこで私達のノウハウに沿って開業したら、うちの店よりも高い売り上げを出したんです。その会社のオーナーは他の事業も行っているためにマネジメント力もあり、次々と店舗を増やしていきました。それを見て、これは事業としてしっかり行っていくべきだと考え、株式会社町田商店の直営事業とプロデュース事業を分社化し、新たなスタートを切りました。要は、ラーメンを深堀りする事業と、それをいかに仕組化してプロデュースとしてラーメンのノウハウのない方々に提供していくかという2つの軸で展開していくことになったわけです。

記者)御社ではプロデュース事業と呼ばれていますが、フランチャイズとは何か違うのでしょうか。

田川社長)大きく違うのは屋号がフリーネームだというところと、保証金・加盟金・売上のロイヤリティを頂いていないところです。ロイヤリティを頂くかわりに、弊社で製造しているスープ・麺・タレなどのラーメンを作るのに必要な食材を仕入れていただくことによって、弊社が直営店の運営で培った、ラーメン店の開業のノウハウ、繁盛店づくりのノウハウを提供しています。

記者)御社ではロイヤリティではなく、麺とタレとスープを買ってもらうだけの方式を取っていながらも、他のFC店以上にサポートをしているように見えるのですが。

田川社長)どうなのでしょうか?一般的なフランチャイズの仕組みは串カツ田中さんで行ったことがあるので知ってはいますが、実際どの程度のサポートを受けられるものなのかを知らないので比較ができません。

記者)これは私のイメージなのですが、FCはFCの仕組みを売っているように感じています。乱暴な言い方をすると、研修は何日間で、食材はこう仕入れて、レシピはこうですよというマニュアルセットを販売しているという感覚です。教育に関してもFCというパッケージの中に「教育」があるから教えているという印象です。

ですが、御社の場合は麺とタレとスープをたくさん売るためには、プロデュース店に売り上げを伸ばしてもらう必要があるので、売り上げを伸ばすためにサポートをしているというように見えます。麺とタレとスープでの利益しか得ていないので、必ずしもプロデュース店の研修をしなければいけないわけではないですよね。その辺りが他のFCとは違うと感じています。

田川社長)それは、たまたまそうなっただけですね。麺に関しては自社工場で製造しているので、一般の流通価格で販売しても十分利益が出るようになっています。普通の麺屋さんは1日に100種類ぐらいの麺を作っているところもありますが、弊社では10種類も無いので、それを延々と作っているために製造コストも抑えることができているんですよ。

株式会社ギフト 田川翔社長

記者)プロデュース事業を増やそうとしたのは、たまたま開業をしたいという依頼が来て、それがうまくいったからでしょうか。

田川社長)フランチャイズ店を増やしていくことを目標としている方は、飲食業界の方で多いと思いますが、私はそれを積極的に行おうと思っていたわけではありません。どちらかというと、周りの人の相談を受けていたら自然と弊社の話が広がっていったという方が正しいです。実際に、200〜300店ぐらいまでは、ホームページでの募集も集客も1度もしていません。すべてが紹介で繋がっていました。

記者)目指していないのに300店というのがすごいですが、田川さんは当初からフランチャイズ展開の知識があったのですか?

田川社長)全くないです。ラーメン店を開業したい方のニーズにあわせて、すべてカスタマイズして対応していました。店舗デザイン、スタッフの教育、オープンのサポート、オープン後のフォローと、直営店のマネジメントと同じようにプロデュース店のサポートも行っていました。

町田商店という直営店でどんどんチャレンジをして、そこで溜まったノウハウをまたプロデュース店に落とし込んでいく、この両輪をひたすら続けていくことで町田商店・ギフトが成長していきました。

そもそも私はラーメン業界はフランチャイズとの相性は悪いと思っています。ラーメンフリークの方の立場からすると、店舗展開しているお店より、職人が必ず店に立ち、1店舗だけを守り続けている方が本物と認識され重宝されます。しかし、そんなお店も店舗展開を始めると急にフリークの方から金儲けに走ったニセモノのように見られてしまう事もしばしばあるのです。

また、地方などに行った際は駅の近くにあるチェーン店より、ご当地ラーメンを食べたくなりますよね?同一屋号で展開する事は職人が作る繁盛店ほど、相性が悪いのです。

そのため、フランチャイズ店が町田商店という店名を使うことのメリットはないというのが正直な考えです。弊社の屋号をそのまま付けるよりは、オーナーが自分の子どもに名前を付けるように、ちゃんと屋号を自分で考えてもらってそこに愛情を注ぎ、これが俺の城だという風に感じてもらった方がお客様にも伝わると思っています。

株式会社ギフト 田川翔社長

記者)最初の頃にプロデュース店を開業された方々は田川さんに実績がないのにどうして「やってみよう」と考えたのだと思いますか。

記者)その当時は、開店をする人たちのサポート体制も無かったわけですよね。

田川社長)最初の方たちは、どちらかというとうちの味と副社長への信用で決めたと思いますね。サポート体制については確かに作っていませんでしたが、物件の目利きや立ち上げを行う際には私達が入って手伝っていました。最初に依頼をされた方たちはほとんどが業界未経験の方で、元競輪選手や元ホスト、芸人さんなどもいましたから、私達を完全に頼ってくれていました。物件開発、レイアウト、スタッフのトレーニング、立ち上げ、その後のフォローまですべて私達が行っていました。

例えば、私は元々ラーメンフリークということもあって、東京都の300ほどある駅はほとんど降りていると思います。駅から降りて端から端まで自分の足で歩いて、実際に見てマーケットを確認したり、ラーメンマップなどで分布図を見て、家系はここ、有名店はここ、老舗はここというバランスを見ながら、この街に今自分たちのラーメン店が来たらお客様が喜ぶのかどうか、ということを考えています。

あとは牛丼チェーン店などがランチで並んでいるような場所は、ランチ需要が足りていないということですし、夜もそれなりに入っているところであれば弊社のラーメンもニーズがあるだろうと考えて出店をしています。

後編につづく