まん福ホールディングス株式会社 代表取締役社長 加藤智治氏インタビュー 事業承継で食業界を活性化させる第三の選択肢

多くの中小企業が後継者不足に悩む中、まん福ホールディングス株式会社は食業界に特化した事業承継プラットフォームを展開し、創業2年目で現在6社の事業承継をしています。代表取締役である加藤智治氏が提唱する「事業承継の第三の選択肢」とはどのようなものなのでしょうか。アメリカの買収モデルから生まれた同社のM&A戦略と自身の経験に基づくビジネスへの考え方、今後の目標を語っていただきました。


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代表取締役社長 CEO 加藤 智治 様

1974年 熊本県生まれ。東京大学・東京大学大学院卒業。


<ビジネス歴>
大学院卒業後 ドイツ銀行グループにてグローバル金融市場を体感し、マッキンゼー&カンパニーで経営コンサルティングを学ぶ。当時の最短3年9か月でマネージャーに昇進。
2004年 フィールズの社長室長に就任、スポーツ・エンターテイメント関連の子会社2社の取締役も兼務。
2007年 株式会社あきんどスシローにターン・アラウンド・マネージャーとして参画、専務、取締役COOを歴任。回転寿司売上日本一、顧客満足度日本一に貢献。
2015年 ゼビオ株式会社の代表取締役社長に就任、全国展開の「スーパースポーツゼビオ」事業を経営。
2021年4月 まん福ホールディングス株式会社を設立、社長に就任。また2017年から食べログ等を運営する株式会社カカクコムの社外取締役も務めている

<スポーツ歴>
開成中学・高校時代 ラグビー部に所属し、高校2年時に都大会ベスト16を経験。開成学園伝統の運動会では、高校2年・3年で2年連続棒倒し優勝に貢献。
大学時代 アメリカンフットボールを始め、4年時に、同大学初の関東プレーオフ進出を果たす。 3年時に関東オールスター選出、4年時に学生オールジャパン選出(ポジション・タイトエンド)。
大学院卒業後 社会人Xリーグのアサヒビール・シルバースターに入部。9年間在籍し、社会人決勝4回出場、優勝1回を経験(学生日本一と対戦するライスボウル出場)
母校東京大学アメリカンフットボール部ウォリアーズのOBOG会副会長、アドバイザーボード座長を経て、2021年2月より一般社団法人東大ウォリアーズクラブの代表理事に就任し、母校の日本一を目指す。

記者)まん福ホールディングス株式会社(以下、まん福HD)のビジネスモデルを教えてください。

加藤氏)「食に特化した事業承継プラットフォーム」と自己定義し、事業承継させていただいた食関連企業を経営しています。日本の事業承継は、同業他社への譲渡とファンドへの譲渡という形式が一般的でしたが、第三の選択肢として弊社は純粋持株会社として、承継企業の理念を尊重し、そのDNAを引き継ぎ濃くしていく事業承継の形を展開しています。

記者)従来の事業承継とはどのような点が大きく異なるのでしょうか。

加藤氏)同業他社によるM&Aは、親会社の本業へのシナジーを期待して行われるケースが一般的です。また、ファンドによるM&Aはイグジットが前提です。我々が提唱する第三の事業承継では、純粋持株会社として会社の形を保ったまま経営を続けます。イグジットも原則ありません。承継する会社を主語とした経営により、創業家の思いを踏襲した上での“第二の創業”をしていく方針です。

そのような意味で、会社の伝統とブランドを守りつつも、更に成長・発展していくといったビジネスモデルが、今こそ事業承継の世界に必要なのではと考えています。

記者)日本では珍しい事業承継の形ですが、どのようなきっかけで起業に至ったのでしょうか。

加藤氏)2007年に「スシロー」を経営する株式会社あきんどスシローにターン・アラウンド・マネージャーとして参画し、経営改革の旗振り役をやらせていただきました。当時業界3位だったスシローが、1位に駆け上がっていく時期でもあり、顧客満足度1位を取るといったスシローの変革期を経験することで飲食業への興味を深めていきました。2014年まで携わらせていただいた中で、将来何かしらの形で飲食業界にコミットしたいと思うようになったのです。

多くの飲食企業とふれ合う中で、後継者がいない中小企業が多いという社会問題を知りました。私は日本の食文化は世界にも通用し、誇れるものであると思っており、少しでも力になれることはないかと考えていたところ、そのヒントをアメリカで見つけたんです。

記者)アメリカにどのようなヒントがあったのでしょうか。

加藤氏)アメリカには、過去30年間で400社以上の企業をグローバルでM&Aしている「ダナハー(英:Danahe Corporation)」という企業があります。ダナハ―・ビジネス・システム(以下、DBS)という標準化された業績改善手法を確立しており、買収した会社にDBSを導入することで再現性高く業績改善を実現し、次なる成長軌道に乗せることをされています。当時の日本にはまだ定着してないモデルでしたが、このモデルなら自分のキャリアを活かしながら後継者不足という社会課題の解決に貢献できると考えました。私は食のビジネスが大好きですし、日本の食産業は必ず成長産業に成り得ると思ったので、新しいビジネスモデルであるマネジメント・バイ・インを行う事業承継プラットフォームにチャレンジしてみたいと考えたんです。

記者)食ビジネスの魅力はどんなところにあるとお考えですか?

加藤氏)「食べることは生きること」と言われるくらい、人間にとって欠かせない最も原始的な欲求が食です。美味しいものを食べたときには感動するし、記憶に残るし、体験としての価値も高い。また、研鑽を積んだ料理人が作る料理はエンターテイメントでもあります。働く人目線で言えば、お客様から直接「ありがとう」と言われる職業もそんなに多くはありません。とても魅力的な産業だと思います。

記者)食ビジネスが成長産業になるという確信の背景には、どのような理由があるのでしょうか。

加藤氏)理由は大きく2つあります。ひとつは一次産業の成長による食糧自給率の改善です。
 
日本のカロリーベースにおける食糧自給率は、2021年度で約38%です。この数字は先進国の中では圧倒的に低く、食料供給を海外に強く依存していることを示しています。つまりグローバルのサプライチェーンの断絶、インフレや円安などによる食料価格の高騰といった問題が起きると、日本の食生活は危機を迎えます。ウクライナ情勢の影響などによる食料価格の上昇により、それを実感した方も多いのではないでしょうか。
 
この問題の解決には、日本国内の一次産業が成長し、日本人が国産の食材を食べやすくなることが必須です。近年では国が積極的に政策を打ち出し、国家課題として国産食材の拡大への取り組みが進んでいます。

記者)海外への食料の依存が国家の危機につながると。
もうひとつの理由はなんでしょうか。

加藤氏)もうひとつは日本の食文化の世界的な評価です。ミシュランの星を最も取得している都市は東京です。またトップ5の中には京都、大阪と日本の都市が3つも入っていることから、日本の食文化は世界から高く評価されていることがわかります。普段日本で暮らしている我々には実感がないかもしれませんが、この8年間でグローバルの和食レストランは3倍ほどに増加しています。海外から見ると、日本の食は魅力的な存在ですので、輸出とインバウンドの両面で成長産業になれるのではと考えています。

記者)まん福HDのM&Aにおいて、イグジットが前提ではないと伺いました。大切にしている考えや姿勢はありますか?

加藤氏)承継する会社が大切にしてきた文化に寄りそうことでしょうか。社長を務める弊社メンバーは、これまで食ビジネスで執行経験のある者ばかりですが、その会社についてはもちろん初心者です。後継者としてリーダーシップを発揮すると同時に、創業家がそれまで培ってきた文化をリスペクトしながらプロパー社員の方々の声や意見を取り入れながら経営に関わるのが重要であると考えています。カリスマ経営から全員野球へシフトするようなものです。

記者)北は北海道、南は熊本まで、承継した側の社長がその土地に住んでいると伺いました。そこまで徹底されている承継企業も珍しいように思います。

加藤氏)そこは大切にしています。承継した会社の経営を成功させるには、サイエンスの部分とヒューマンの部分の両方をバランスよくかけ算するのが大切です。サイエンスだけでは人心を掌握できずにうまくいかず、ヒューマンだけでも仲良しクラブになってしまいます。会社によってサイエンスとヒューマンの比率はまちまちですが、どちらか一方ではいけません。両輪をうまく回せるよう、社長が組織に馴染み、組織の一員として認められるようにホールディングスのメンバーがサポートします。現在は起業してまだ2年の若い会社なのでスクランブルで対応していますが、徐々にフォーメーションが完成に近づいている手応えは感じますね。

記者)加藤社長は「文武一道」という言葉を大切にされていると伺いました。こちらはどういった意味で、なぜ思い入れがあるのでしょうか。

加藤氏)まん福HDとは別のライフワークとして、現在母校である東京大学のアメリカンフットボールチーム「東大ウォリアーズ」の法人化に携わっています。アメリカの大学における体育会はスポーツ局が中心となって組織化されています。スポンサーがつくなどビジネス化が進んでおり、プロスポーツにつながるセミプロのようなフィールドとしても注目されていますが、日本の大学スポーツは収益化がされていないアマチュアであり、次のステップにいきなりプロが待っています。
 
学生スポーツのビジネス化は、日本スポーツ界の発展に必要な課題です。まずは東大から日本の学生スポーツのモデルケースを作ろうと一部のOBが立ち上がりました。2018年に「一般社団法人東大ウォリアーズクラブ」を設立し、東大がスポーツで日本一を目指すための取り組みを始めました。
 
徐々にチームが力をつける中で、さらに上を目指すために「どんな価値観を大切にしているのか」を改めて見つめ直すことになりました。東大ウォリアーズを一言で表すならどんな言葉なのか、学生とOB・OG、そして外部の有識者の方が集まり何度も話し合いを繰り返した結果、最後にたどり着いたのが「文武一道」という言葉です。

記者)改めて、文武一道とはどのような意味なのでしょうか。

加藤氏)文と武はひとつの道である、文と武は二つで一つであるという意味です。広く知られている言葉に「文武両道」がありますが、これは文と武は異なる存在であるという前提で成り立っています。スポーツと学問のどちらかだけ得意なのが当たり前であると。両方優れているのは特別であるという考えが根底にあります。
 
文武一道という言葉の背景にあるのは、文と武は重なっているものであるという価値観です。スポーツと学問は分離するものではなく、両方に取り組むことで互いにフィードバックしあい、スパイラルアップしていくものであると捉えています。
 
この言葉が東大ウォリアーズにふさわしいのは、文と武は同じ道の上にあると信じているメンバーが集まっているからです。東大生は勉強だけじゃない、スポーツだってやればできるという価値観があるからこそ、大変な思いをして入った東大での4年間をスポーツに費やそうとするのだと考えています。話し合いの中で「この価値観を言葉にするなら文武一道だよね」という意見で一致しました。去年からチームのスローガンとして掲げると同時に、私自身の行動指針を表す言葉としています。

記者)文武一道の価値観は、ビジネスにおいても生きているのでしょうか。

加藤氏)承継会社の経営に必要であるサイエンスとヒューマンは、まさに文武一道の関係にあると考えています。多少の偏りはあったとしても、両方に取り組むことで経営者の仕事が完成します。自分に足りないところはチームを組織して補完しますが、前提としてサイエンスとヒューマンを両立させる意識を持っておかなければ、経営者として結果を出すのは難しいでしょう。
 
まん福HDのメンバーは皆、サイエンスとヒューマンの両立を意識していますので、ビジネスにも文武一道が浸透していると思っています。

記者)最後に、これからのまん福HDの目標を教えてください。

加藤氏)まん福HDは「日本の事業承継のゲームチェンジャーになる」というビジョンを掲げています。今日本では後継者がいなくて困っている会社の増加を背景に、事業承継がビジネスとして伸びてきています。しかし我々の調べでは、外部への事業承継を実行しているのは全体の1%強だと考えています。我々は食業界に特化した事業承継プラットフォームの運営を通じ、後継者に悩まれている方々の新たな解決の担い手となれるよう、事業承継の選択肢を広げていきます。そしてこのビジネスモデルが他の業界へと飛び火していき、日本のビジネス全体がより活性化していく世界を、仲間と一緒に創っていきたいと思っています。